2009年2月20日金曜日

自由下の不自由と自由


ファンタジーでは子供が大人になる時, それは冒険という言葉で語られる.
目覚めの日は突然やってきて, 始まってしまえばもう2度と元には戻れない.


翻訳は悪くなかったコララインだが, 大味な読後感だった. しかし子供が成長する時の危うさがストーリーに上手く表現されていた.

[あらすじ]
両親は仕事が忙しく, ふつうの大人がそうであるように本当に大事なことをいつも少し先に置いている. 不自由のない家庭だが, 親の都合が優先され娘の言葉が聞き届けられるには途方もない時間がかけられる.
コララインはもちろん両親から愛されているが, 子供っぽい夢想をやめられず, 密かに"もっと楽しい日々"を探していた.
とうとうコララインは自分の意思で秘密の廊下を通り抜け, 反対側の世界にもう一つの同じ家と両親をみつける. 娘を捕らえようと企む悪者はボタンの目をしたもう一人のママだ. 幻想の世界に引き込もうとするもう一人のママ(魔女)に, 現実世界から消されてしまった両親を取り返そうと勇敢に挑むコラライン.


何よりも重要なのは魔女がママに化けているという点だ. 偽者のママは不気味だが, 美味しい料理を作り理想的に振る舞おうとする. 魔女の本当の目的は明かされないが, 目にボタンを縫い付けてこちら側の住人になれとコララインに迫る.

現実というのは孤独で退屈に満ちていて, 何となく不幸せかも知れない. 誰でも, もし自分が別の家族の中で育っていたらと想像したことがあると思うが, この話は正にそれが柱になっている. コララインは自分が自分でなくなる危機にあい, たった一人で乗り越えなければならない場所に立った時, 初めて全ては自分次第であり, もう一つのより良いものなど存在しないことを知る.

そして, 子供が大人になる時に "しなければならないこと" がこの話のテーマになっており, すなわちそれは "母親との決別" ということなのだった.
一匹の黒猫が "自分が何者かわかっていれば名前など必要ない" という言葉の通り, 子供時代に終りがきて私が私であることの自立の意味を語っている.


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